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大阪家庭裁判所堺支部 昭和39年(家)548号 審判 1967年9月09日

申立人 川上シノブ(仮名)

相手方 川上多吉(仮名)

主文

一  相手方は申立人に対し、金二四万三、一六六円を分割し、うち金一〇万円を昭和四二年九月二六日、残金につき金五、〇〇〇円づつ(最終回は金八、一六六円)を昭和四二年一〇月から完済まで毎月末日支払え。

二  相手方は申立人に対し、金一万三、七四三円づつを昭和四二年九月から別居期間中毎月末日支払え。

理由

第一申立の趣旨

一  申立当初のもの

「相手方は申立人に対し、当事者間の離婚判決確定の月まで、毎月金二万五、〇〇〇円を支払え。」

二  減縮したもの

「相手方は申立人に対し、昭和四〇年五月(初子死亡の月)末日までは生活費毎月一人分金五、〇〇〇円合計金一万五、〇〇〇円、その翌月から当事者の離婚判決確定の日までは同毎月一人分同上合計金一万円を支払え。」

第二審判に至る経過

(以下川上多吉をT、同シノブをSと称する。而して以下特に事件係属庁を記載しないかぎり、すべて当庁係属とする。)

一  昭和三七年(家イ)第九七号離婚等調停事件(申立人T・相手方S)不成立(本訴大阪地方裁判所堺支部三八年(タ)第二号離婚請求事件目下係属中)

二  昭和三七年(家イ)第二〇二号生活費請求調停事件(申立人S・相手方T)申立・三九年五月取下

三  昭和三九年(家)第五四八号生活費請求審判事件(本件)同年九月四日申立、四〇年四月一五日調停に付する旨の審判、同年(家イ)第九六号同請求調停事件として係属・カウンセリング実施・四二年七月六日調停不成立・審判手続続行。

第三認定事実(本件及びその余の前記事件の各記録添付のもの及びその余の認定資料によるが、特に重要事項については、同資料を明示する。)

一  Sは二回の結婚(第一回は、昭和一〇年頃町田某と結婚し、子一人をもうけたが、その三歳時夫婦不和のため離婚し、第二回は、同離婚後喫茶店女給や女中をしているうち一六年九月市川礼四郎と結婚し、婚姻届出を了したが、その応召留守中手込め同然に関係を結ばされた青山某との間に子をもうけたが、これをその親に託して同人と別れ、その後礼四郎が復員して来たので、告白謝罪したうえ、自ら申出でて、二二年二月二七日同人と離婚した。)後二四年五月Tと事実上の婚姻をなし、翌二五年五月一三日婚姻届出を了し、長女初子(二五年五月四日生)、長男克則(二八年一月一三日生)及び二女良子(三一年一一月五日生)をもうけた。

二  Tもまた婚姻前歴を有し、昭和二四年六月二四日妻保恵の不貞行為を理由に二子(長女公子及び二女悦)の親権者を母と定めて同女と協議離婚をなした後Sと婚姻したものであり、婚姻当初は○○木管株式会社の工員であつたが、転々と職場を変え、住所も再度移転したところ、三四年一一月漸く独立して現住所で川上鉄工場を経営するに至つた。Tは、もともと無一文ではあつたものの、仕事一筋に働く方であつたため、同鉄工所は昭和三六年夏の最盛期には一五、六名の被用者を擁するていの規模に達し、Sもよく経済的部面において夫に協力し来たつた。

三  ところが、Sの精神的協力義務たる貞操義務については、

(一)  TはかねがねSとTの父(舅)玉吉(昭和三七年九月三〇日死亡)との関係に疑惑を抱いていたところであるが、昭和三七年四月二八日親戚のもの(Tの叔父川上延一、同山本義一(夫婦)及び兄川上伸治)及び知人岩本新一郎が、後記Sの家出について憂慮して相会した席上、玉吉(当時交通事故により病臥していたが、精神障害はなかつた。)は、一同の叱責の視線を浴びながら、自分が多年に亘りSと性的関係があつたこと並びにTの長男克則が自分の子であることを告白し、不倫を謝罪した事実の存在(認定資料-離婚請求本訴事件における前記川上信一の証言調書(三八年七月三一日付)の記載及び本件被審人岩本新一郎審問(四〇年三月二六日)の結果)から、Sと舅との姦通を推認すべく、従つて同上義務の違反があり、

(二)  Sと同鉄工所住込工員奈良元三(昭和一四年五月二七日生)との関係においては、姦通ないし不貞行為なるものなく、従つて同上義務の違反は存しない。昭和三七年三月Tは、両名が同一部屋内で就寝した事実-同年二月中頃Sが二〇日程病臥していたとき、子供が誤つて水を病室にこぼしたところ、これを機会にSは、自分の寝床を夫婦子供等の寢室(八畳敷)から同工員の居間たる隣室(六畳敷)に移動させ、病気回復して起き上るまでの数日間同室において同工員と頭を並べ近接して(両名の敷布団の間隔は縦半畳分位)敷居ぎわに就寝した(それは、両室間敷居上には建具が入つてなく、半分〆切りのカーテンが垂れている状態の下である。)こと-を捉えて、日常生活における両名間の親密を使用者の妻と被用者との心理交流の限界超過行為であると評価する(-被用者が「衣服を買いに行くというと、別に雇主の妻がついて行つてみてやる必要もないに、直ぐ両名連れ立つて出掛ける。」(前記岩本審問調書)との-)観点に立つて、Sの不用意にもTに向かい放つた言葉-同上就寝行為が済んだ翌朝飲酒していたTがSに対し「お前何かしてもらいたいことはないか」と尋ねたに対し、Sのなした「皆(被用者たちの意)があんじようしてくれるので、おとうちやんにしてもらうこと何もないわ。」との返答(四〇年(家イ)九六号調停事件におけるSの陳述(四〇年七月五日)に関する黒川昭登調査官作成調査報告書(( 以下某調査官作成調査報告書は某報告と略記する)))-を契機として、前記同一部屋での就寝が両名を同衾に陥らしめたし、かかる結果はSの誘発的行為にもとづくものであると盲信するに至り、激昂の果て、同奈良に対し弁明の機会も与えず、出会い頭に暴行を加え、遂に同人をして離職するの止むなきに立ち至らしめた(前掲事件参考人小山誠治及び同奈良元三の各陳述(四〇年七月三〇日)黒川報告)。前記日常生活における両名間の親密(前叙のとおり不貞行為は認められないから、これを除く)が使用者の配偶者と被用者との心理交流の限界超過行為であるとの評価が単にTの主観に止るものでなく、客観性を有するものであることは、前記のとおり玉吉が親戚の面前で自己の不倫行為を謝罪した際同人は、同奈良にも同様の行為あるを知つてはいたが、自己に非のある手前これを抑止することができなかつたと告白している事実(同上岩本審問の結果)から明かにうかがい知られる(同審問の結果中姦通を肯定する部分は措信し難い)。

四  (一) Tは、或は(イ)前記暴行を加えた奈良とともにT方に同道し来たつた○○在住の同人の叔父に対し、自ら「疑つただけで殴つてしまい、相済まない。」と、一旦は陳謝しておきながら、直ぐ後で、先刻から同席の小山誠治(同工場工員)に対し「奈良は何も怒りもせず、工場をやめると言つて帰つたのは、本当に疑わしいことがあつたに違いない。」といつたり、或は(ロ)奈良との姦通の有無を確かめるため、S自らの申出により○○警察署における嘘発見機の検査を受けるに当り、Tは「検査の結果が白と出たら、その結果に承服する。暴れたりはしない。」と、一旦はSの念押しに対し堅く誓いおきながら、結果がTに不利と判明すると直ぐ、「承服できない。真実は黒だつたに違いない。」といつたりなどし、執拗にSと奈良との間に姦通の事実ありとの疑心を持ち続け、夕には酒の勢に乗じて「奈良と関係があつたと言え」と迫り、Sがこれを拒絶するや電気釜を投げ付けたりその他暴力の限りをつくし(S陳述(四〇年七月五日)黒川報告、「酒を飲むとおかしくなる質」なる点(参考人多田典子(元同工場女工員)陳述(四〇年七月三〇日)同報告)、朝には前晩とは全く別人のように、「済まなかつた。許してくれ。」と陳謝する(Sに関する同上報告)など感情の起伏定かでなく、人格の統一性に欠けるところ多く(Tが嘘言者であることにつき-小山誠治(前出)Sの叔父松田源蔵(四〇年七月三〇日)の黒川報告、TはSが他の元被用者とも関係が有つたと疑う質なることにつき-小山、S(各前出)の同上報告)、夫婦喧嘩の絶間とてなく、激越の末は、或はパトロール・カアーの出動にまたなければ鎮まらなくなり、或は妻から大阪地方検察庁堺支部に対する夫の暴行の罪に関する告訴の提起(処分不起訴)となり、更にTのSに対する嫉妬心は日を追うて激しくなり、TはいかなるSの外出もその出先を聞き質さねば承知せず、神詣にまで尾行するに至つた。

(二) 同三七年四月一九日Tは自宅で飲酒のうえ、Sを詰り始め、その揚句ビール瓶を以てSを殴らんとして狂人のように暴れ出したとき、偶そこに来合わした前記松田源蔵父子が静止しようとしたけれども、二人の力を以ては狂い猛るTを取鎮め難かつたので、Sをこの危難から脱せしめるため、同源蔵は同女を促して、女子の二児だけ(長男は就寝中のため取り残した)引き連れ、裸足・着の身着のままで同家を逃げ出させ、一先ず同人方に保護することとした(前記離婚調停事件における光信隆夫調査官報告)。

五  (一) かかる破局的事態に直面して、SはTと同居し難いことを痛感し、断然夫とは別居のうえ、二人の子(当時小学校六年生(一二歳)の長女初子及び幼稚園児(五歳)二女良子)を扶養し行こうと決意し、同松田の世話で入居していた堺市浜寺○○町中○丁浜口方から昭和三七年七月同町西○丁○○番地所在の元兵舎と呼ばれる木造トタン葺バラック建約二五坪の堀立小屋の一室(三畳・二畳の間・半畳の土間と押入だけ、所有者不明のため賃料は支払つていない。)に引移り、○○電機株式会社の工事現場(大阪市○○電話局構内所在)の臨時雑役婦として働き、月収金一万円弱(日収五〇〇円、平均稼働日数二一、二日(もともと頑健でなく、なお肝臓を悪くして休むことがある)、定期代として一、〇〇〇円以上要す)であつたが、三七年一一月工事終了により失職し、その後は適職なきままに、親戚知人の畑の草引きや炊事手伝などをしたが、病気故障のため三〇〇円ないし四〇〇円の日給を短期間(一一月二五日から一二月一〇日まで)えたに過ぎず、三七年暮から三九年二月まで堺市○○町○○旅館に、初め住込、後通勤で女中として働き、月収実額一万七、〇〇〇円ないし二万円をえ、三九年三月から四〇年五月まで、昼間は堺市○○通近く○○靴店-に、一七時から二〇時までは同○○通り串かつ屋○○に夫々働き、前店では日給六〇〇円(食事付、通勤定期代向持ち)、後店ではパートタイム制一時間一〇〇円の収入をえていた。而して四〇年五月二〇日長女初子が心臓病により急死した後は大阪市住吉区○○町○丁目○○○○商会に勤務替えし、現にスクラップ置場の整理作業に従事し、その収入は次のとおりである。(梅原春太郎調査官報告)

(二) 而して前記別居以来SはTから、昭和三七年(家イ)第二〇二号生活費請求事件の調停勧告にもとづき同年一二月二八日金一万円三八年二月一六日金五、〇〇〇円の支払を受けただけで、その余の金員並びに生活物資の給付を受けたことはなく、更にSは長女が心臓麻痺で死亡した際における掛り医師の診療費支払を被保険者Tなる健康保険証によりこれをなすべく、Tに保険証の貸与を乞うたところ、Tは医師には電話で番号を知らせる旨Sに約しながら、医師の同番号問合せに答えようとせず、自ら電話を打切るという冷酷な態度をとつた(S陳述(四〇年七月一二日)黒川報告)。かくて、Sの低所得による生活費の不足は、勢い借財を生み、同松田源蔵及び同いく等に対し前記建物入居の際の権利金四万円、四一年七月同家に附属して増設した二畳敷部屋建築費用金六万円その他生活必要費等合計金二〇万三、〇〇〇円の借入金債務を負担しており、現在の低収入では、全く返済の見込は存しない。

(三) 長女初子は必ずしも父のもとに帰ることを峻拒しておつたものではなく、父は酒を飲むと直ぐ乱暴をすること、父の家にこれと同棲しておる女性の存在及び自分が帰つた後の病弱な実母に対する不安感が帰還を阻んでいた(同人の裁判官に対する陳述(四〇年三月一日))。同人は昭和四〇年五月二〇日突然苦痛を訴え間もなく心臓麻痺で死亡したものである(当時中学校三年生・一五歳)。二女良子は現在小学校五年生・九歳であり、Sの愛育を受けている。

年月

日給

月平均

稼働日数

夏期、冬期手当総額

月平均収入

40年6~12月

700円

21.8日

15,300円

41年1~12月

750円

23.1日

3,000+5,000 = 8,000円

17,917円

42年1~6月

3,000

17,825円

42年7~

800円

増額

18,400円以上

六  (一) Tは、昭和三七年(取下げとなつた前出昭和三七年(家イ)第二〇二号生活費請求事件が係属していた)当時においては、従来からその個人経営にかかる川上鉄工所(所在住所と同一場所)に、約一〇〇万円の機械を据えて、テレビ、ラヂオ、有線放送器具等部品の製作加工に従事し、殆どが○○金属株式会社(和泉市○○町一三一六)の下請仕事で、S家出当時工員九人を雇用していたが、

(二) その後大口取引先の倒産により現在二五〇万円の債務を負担するに至り、三〇〇万円を上廻る債権(○○金属株式会社に対するもの二三七万五、五三五円、○○紡織製作所に対するもの八〇万円)を有するものの、その債権たるや、前者が会社更生法の更生計画の定めにより債権の一部免除、新株式の代物弁済、残額九五万九、五一三円の割賦弁済(月当り一万一、四〇〇円)となり(同会社回答書による)、後者が債務者の本業閉鎖により回収不能となつた。現在同鉄工所は電気通信・ガス器具等関係の部品を製造加工しているが、被用者は女工員二名(一名のパートタイム一時間給七五円、他の一名の月給一万三、〇〇〇ないし一万六、〇〇〇円)である。

(三) Tに対する年度別事業所得決定額は次のとおりである(堺市役所税務部回答書による)。

三八年度 一八七万〇、二〇〇円(前年中の所得による、以下同じ)

三九〃 二一七万三、四〇〇円

四〇〃 △六八万七、四六二円(所得なしと決定、非課税)

四一〃 二四万五、五四〇円(法定控除失格)

四二〃 八二万九、二七二円

(四) T資産として、Sの家出当時において(A)旋盤二、ボール盤一〇、ミーリング、スポット熔接器、鋸盤及びポンス各一、軽四輪車一と(B)現住家屋一棟が存したが、現在にあつては(A)の各財産には譲渡担保を設定し、(B)はTに対する貸金債権者たる妹悦子の所有に帰し、登記済みである。

(五) Tの法律上の扶養家族は長男克則(一四歳、中学校三年在学)の一人だけである。事実上婚姻関係に入つており、「はる子」と呼ぶ妻(Sの陳述(四〇年七月三日)黒川報告)と目される(梅原調査官のT宅への通話の際「妻です」と称して応答した)ものとその連子(男児)一名が同居しているけれども、Tは強くその関係を否認し、単なる女子事務員親子という。

(6) Tは、Sが不貞の配偶者であり且つ家出に際し、金三万五、〇〇〇円(協和銀行堺支店から払戻を受けた預金二万円及び同女の妹に保管を託した郵便貯金一万五、〇〇〇円)を持去つているから、これに対する扶助料を支払う要なく、なお、SがTの要求にもかかわらず頑強にこれを拒み子供達をTに引渡さず、長女をSの過失により病死せしめるに至るような監護したものであるから、子の養育料を支払う要もまた存しないと主張する。

第四結論

一  先ず、「妻は同居中不貞行為をなし、自ら家出したものであり且つ家出に際し三万五、〇〇〇円の手持金を持去つているので、夫はかかる妻に対し扶助料を支払う義務を負わない。」という夫の主張は正しいかどうかを検討する。

(一)  夫が妻の不貞行為であると指摘する認定事実三(以下単に認定三と記す)の(一)及び(二)記載の各事実が果して不貞行為なりや否やの問題は、本来が本訴たる離婚請求の訴訟手続により確定さるべき事項に属するが、訴の提起(昭和三八年一月二九日)後の日子及び当該手続の各経過状況並びに生活費請求審判事件の特質及び本件当事者の性格を考慮し且つ同問題は本件請求認定の不可欠的前提事項にして、しかも、審判可能事項であるとの純理的且つ実利的(この事実認定が請求認容の全部的否定をする結果を招来しないとの)観点に立脚して、前記判決の言渡・確定を俟たず、敢えてここに裁定することとした。

(二)  審按の結果妻と夫の父玉吉との間に姦通の事実があつたと認定されたことは、認定三の(一)、妻と被用者、奈良との間に不貞行為がなかつたと認定されたことは、同三の(二)夫々記載のとおりである。(後者の認定は、反対の認定をなすべく根拠に欠けており、消極的結論への途上に経た多くの躊躇の払拭の結果である。)

(三)  夫は、妻が自ら家出して同居義務に違反したというが、事実はこれに反する。却て妻が家出をなした理由は認定四の(二)記載のとおり、夫が、同三の(二)記載のとおり、無実なるにかかわらず、その単なる妄想(自分の目に映ずる男女は、すべて既に性的関係に入つているものと根拠なく極め込んで了う傾向-妄想癖-があることは、周囲の人々(前出)の認めるところである。)にもとづき、不貞行為(妻と使用人と同衾)ありと、断続的に責め苛み(開放された部屋とはいえ、同室に被用者と二人だけで就寝することは、使用者の妻たるものの厳に慎むべき所為であり、これを批判するのは、その正当な限度内なる限り、当然夫の権能に属するが、遙かにその限度を侵し)、更に暴力を行使して以て、妻をして精神的にも身体的にも同居に堪えざるに至らしめたことこれである。さすれば、妻の家出の動機の生成の発端にこそ妻の軽卒な挙措はあるが、家出行為の法的価値判断の対象となるべき有責的動機は夫の不当な批判と不法な攻撃である。換言すれば、同家出の有責性は夫の側に存するというべきである。

(四)  本審判認定にかかる妻と舅との間の姦通事実は、妻家出前に発生し(夫はこれに勘づいてはいたが、敢て糺明せず放置しておいたため、相姦反覆され)、家出後に偶同父の告白により露見したものであつて、家出当時における夫婦争論の対象となり能わなかつたのは当然であり、同父の死後(直後ではなく)始めて、夫においてこれをとりたててS誹謗の武器となされたもので、Tにとつては糟糠の妻ともいうべきものの生活費その他の請求を全部的に斥けんとの意図に出でた藉口の事実に過ぎない。(この点において、姦通をなした妻がその非を責められ家を飛び出しておきながら、連れ出した子をおとりに生活費の請求する場合とは同一に論ずることができない。)さすれば、同姦通の事実は、離婚の訴提起の原因となりえても本件妻の生活費請求の全部的阻却の原因とはなり能わないと断ずべきである。

(五)  しかしながら、妻の舅との姦通は、上記のとおり同女の家出の動機とは無縁であるにせよ、それ自体いささかも本件生活費請求に消長を来さない事項ではない。夫の妻に対する生活保持義務にもとづく扶助料といい、婚姻費用分担義務にもとづく分担金といい、そのいずれにせよかかる金銭給付は、配偶者の全幅的協力義務特にその一部なる貞操義務の誠実なる遂行と表裏一体をなすものである性質に徴し、扶助料額決定に当つては、貞操義務上有責の妻は、具体的事情に即した相当一定額が、無責の妻の場合受くべき金額から削減されるを免れえないことは自明の事理であつて、本件の実情を勘案し削減した結果、Sは無責の妻ならば受くべき扶助料の三分の一を受けるを以て相当と解する。

(六)  TはSが家出に際し、金三万五、〇〇〇円(協和銀行堺支店から払戻を受けた預金二万円及び同女の妹に保管を託した郵便貯金一万五、〇〇〇円)を持出したと主張するが、同銀行との取引なく(同銀行回答書による)、また後者のような低額貯金の持出は、(四)同様生活費請求阻却の原因とはならない。

二  次に、「夫は二人の子を自分の手で養育するから引渡せと要求するにもかかわらず、妻は頑強にこれを拒み、その過失により子の一人を病死せしめるに至るような監護をなしたものであるから、夫はかかる妻に対し子の養育料を支払う義務を負わない」という夫の主張は正しいかどうかを検討する。

(一)  Tが真に、心から子の引取りを熱望し、愛情を以て養育監護を遂行しうる父としての適格者でないことは、(a)昭和三七年(家イ)第二〇二号生活費請求事件(取下げとなる)につき、同年暮も押し詰つた二七日当裁判官自らTの自宅に出向き(第一回期日無届不出頭)三人の子の正月餅代その他越年費用として金一万円だけでも支出してやるよう勧告した際の利己主義的冷酷な態度、(b)それ以後本日に至るまでTが自ら進んで子等に金銭または物品を交付したことなきこと(調停委員会の説得により前記一万円と五、〇〇〇円、長女のねだりにより修学旅行費五、〇〇〇円計二万円を支出しただけ)、(c)認定五の(二)記載の健康保険証不貸与の事実等を総合してこれを認定することができる。

(二)  長女初子がSの監護上の過失により病死するに至つたと認定すべき資料は存しない。

(三)  真にやむをえざる事由にもとづき夫婦が別居し、その一方が子を扶養しおる場合において、その以後において同人に子の監護者として不適格なる特段の事由の存しない限り、他の一方は扶養者たる他方に対し子の養育料を支払う義務を有するものであつて、本件Sには前記の不適格事由は存しないから、他の一方たるTはSに対し養育料支払義務あること明かである。

三  上記の次第により、夫Tは、妻Sの扶助料及びその子等の養育費を含めた「婚姻から生ずる費用」につき分担せねばならない。そこで、如何なる限度においてTは本婚姻費用を負担すべきかについて検討する。

(一)  負債以外の婚姻費用負担限度の算定方式については、当裁判所は昭和三九年(当庁同年(家)第三六五号生活費請求事件、同年六月一一日審判)以来「申立人(妻)と相手方(夫)の収入合計額を生活保護法による生活基準額の比率により按分し、妻に配分された金額からその実収額を控除した残額を夫の分担額と定める。」(家裁月報一六巻一一号所載)との方式を採用し来つた。

(二)  ところで、上記方式は、本件の場合にあつては、第四(結論)一の(五)記載のような、有責の妻の受くべき扶助料額は無責の妻のそれの三分の一とするなる特殊事情の存在により、その方式内容に修正を加えたうえ適用されなければならない。修正というは、有責の妻が、無責の妻の場合受くべき前記収入配分額から、有責性の程度と婚姻の実情を勘案した一定額が削減され、その結果として受くべき配分額(収入配分総額を一各配分額割合を親子とも均等(生活基準額上の僅差を不問に付すこととした)とすると、子二人のときは7/9(1/3((長女))+1/3((2女))+1/3×1/3((有責の妻)))、子一人のときは4/6(1/2((2女))+1/2×1/3((同妻))) = 有責配偶者収入第二次配分額)の設定ということこれである。要約すると、「配偶者一方が有責な他方に対し負担する必要ある場合の婚姻費用分担額は、配偶者双方の収入合計を生活保護法による生活基準額の比率により按分して算出した有責配偶者の収入配分額(収入第一次配分額)を一定削減した結果たる金額(収入第二次配分額)から実収額を控除した残額である。」(別表では、前者を単に収入配分額、後者を第二次配分額と記載した。)

(三)  さてこの方式適用にあたり、収入は、Sについては認定五の(一)に記載するところによつたし、Tについては同六の(三)記載の所得決定額にその二〇パーセント加算した金額によることとした。このように加算したのは、Tの所得税法上の申告または調査回答と同人の所得実体との間に違算の存すべき(S陳述(四〇年七月五日)の黒川報告)蓋然に著眼斟酌し、過少申告の誤謬に陥つた少数者の場合に準拠して算出するのが相当と思料したからである。而してTの昭和三九年中の所得は同六の(三)記載のとおりマイナスであるから、上記収入配分額の生ずる余地なく、従てTの婚姻費用分担の義務存しないことは論を俊たない。四〇年一月以降の同人事業所得はプラスとなつているので、前記修正方式に則り年次的に異る生活保護基準改定表に準拠して計算すると、Tの婚姻費用分担額は次のとおりである。

(A) 昭和四〇年一月から同年三月まで(第二〇次生活保護基準改定表実施(以下単に第何次表と略す)期間内)及び同年四月から同五月(長女初子死亡)まで(第二一次表期間内)

各なし (別表一及び二)

(B) 四〇年六月から四一年三月まで(第二一次表期間内)

毎月一、九〇九円(一〇ヶ月分合計一万九、〇九〇円) (別表三)

(C) 四一年四月から四二年四月まで(第二二次表期間内)

同一万三、〇〇八円(一三ヶ月分合計一六万九、一〇四円) (別表四)

(D) 四二年五月以降(第二三次表による)

同一万三、七四三円(同五月から同八月まで四ヶ月分合計五万四、九七二円) (別表五)

(四)  当事者が現に有する負債中

(イ) 認定六の(二)記載のTの債務については、一般の場合の「民法第七六一条に所謂日常の家事に関するものに属しない夫の債務は債権者に対する関係(対外関係)においては夫だけがその責めを負うべきであるが、夫婦関係(内部関係)においては、その債務金は婚姻費用の範囲に属し、妻もまた同責めを分かち負うべきである。」との論(前記家裁月報所載本裁判官説述)がこの場合にも適用されるべきかどうかは、Tの本件審理に対する不誠実な態度(再三にわたる督促にかかわらず、遂にTが収入状況報告書を提出しなかつたことにつき-光信調査報告、対裁判所観につき-四〇年八月九日、二一日黒川調査報告)により、事件の真実発見の審理が尽されなかつた現審理段階においては、にわかに断定し能わないところである。

(ロ) 認定五の(二)記載のSの債務については、本裁判官がつぶさに実見したSの生活状況から観て、同債務が前号のそれとは異り、日常家事に関する法律行為により生じたものなること明かであるからTも対債権者関係において連帯の責を免れえない。而して内部関係における負担部分の履行の問題は次の(三)の履行により解決されるべきものである。

(五)  ところで、(イ)既に履行期の到来した金額二四万三、一六六円(前記(B)ないし(D)の合計額)なる相手方婚姻費用分担金債務は、一面申立人をして一時金の受領によりその貧窮状態の中で一息を入れしめ、他面相手方をして全額ないし過重金額の支払によりその経済情況に打撃を蒙らしめないようとの顧慮から、次のような分割支払方法を採択した。すなわち、相手方は申立人に対し、同債務につき一時金一〇万円を昭和四二年九月二六日、毎月金五、〇〇〇円づつ(最終回は八、一六六円)を昭和四二年一〇月から完済に至るまで毎月末日夫々持参または送金して支払わねばならない。而して上記(D)の金一万三、七四三円を昭和四二年九月から別居期間中毎月末日前記同様の方法で支払うべきである。

叙上の次第により、本件申立は結局正当として認容すべく、よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 井上松治郎)

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